バイク小説 Rider's Story
バイクガレージへの想い~
放課後、帰宅しようと下駄箱で靴を入れ替えていたとき、担任に声をかけられた。
「おまえがバイクに乗っているところを見た、と聞いたんだが…」
担任は続けた。
「バイク、乗ってないよな?」
担任は、俺の目をじっと見て言う。俺は、黙って小さく頷いた。担任の目の力が、少し抜けたようにみえた。
「……だけど、先生」
俺は言った。
「もし乗るなら、法律守りますから」
先生はしばらく俺の目を見ていたけど、やがて視線を落として、俺の肩に軽く手を乗せた。
「乗っていないんだろうが、もし乗るなら、そうだな」
そうして先生は、職員室のある方へ戻っていった。廊下の突き当たりを曲がって姿が見えなくなった。
俺は、田んぼ道を自転車で自宅に向かっていた。
うるさいな……。
学校では一切口にしないけど、先生がバイクに乗っているのを、俺は知っているんだ。先生はバイクが好きだ。そして、本当は俺がバイクに乗っていることも、たぶん知っている。
本当にうるさいのは、先生じゃない。周りの目だ。
誰かに言われて、確認しない訳にはいかなくなったんだ。
俺の親もそうだ。バイクに乗ること自体は反対しない。だけど、家の前でバイクの整備をしたりすると「見えないところでやれ」と怒鳴る。
本当にうるさいのは、親じゃない。周りの目だ。
高校生とバイクの組み合わせは暴走族だと思われる。俺は暴走したいわけじゃない。純粋にバイクを楽しみたいだけなのに。
十六で免許を取った。手に入れたバイクはNS250。1986年のことだった。
俺は、人目を気にせずにバイクの整備ができるようなガレージを自分の手で作ろうと思い立った。家業が大工だから、材料も道具も十分にあった。
自分は何かをつくるのが好きなんだと、ガレージをつくり始めて思った。完成したあとも、使いづらい所やもっとカッコよくしたいと思った所の改良を重ねていった。
ガレージができたらバイクのことで親に怒られなくなった。それが理由なのかわからないけど「大人しくなった」と父親が言っていたらしい。「やさしくなった」と母親も言っていたけど、自分ではそんなつもりもなく、よくわからなかった。
高校を卒業した俺は、ガソリンスタンドに勤めながらミニバイクレースに打ち込んだ。やがて気持ちに区切りがついて、二十歳になった年、二年間のモータースポーツ活動に終止符を打った。
落ち着いて考えたとき、好きだったモノづくりの仕事をしたいと思うようになった。大工である家業を手伝うようになった。モノづくりで、自分のやりたいことを形にできる可能性もあった。
職人さんに「そんなこともできねえのか」と言われるのが悔しくて、できないことや、わからないことがあると、実際に試したり、やってみたりして、できるかできないかを自分の目で確かめた。そんなことを何度も繰り返していた。
仕事仲間やお客さんにも「できないの?」と言われるのが悔しくて、それができるように考えたり工夫したりするようになった。
2000年。家業を継いで十年、俺は三十歳になっていた。バイクからしばらく遠ざかっていたが、この年、数年ぶりにバイクを手に入れた。国産バイクを二台乗り継いで、三年後の2003年、ハーレー・ダビッドソンに行き着いた。
バイクはかっこいいから乗りたくなるし、手に入れたくなる。そんなバイクを保管するガレージも、かっこ良くあるべきだと思っていた。自分の会社で既成品のガレージも扱っていたが、自分の中では何か違うと思った。自分のバイクを保管する”かっこいいガレージ”を、今の自分の力量でつくってみたくなった。
出来上がったバイクガレージを、展示も兼ねて会社の敷地に設置した。
それを目にして興味を持った人たちがいた。そうして初めての注文が入った。お客は結婚して新築の住宅を建てたばかりの男性だった。「嫁さんには、まだ内緒にしている」と言った。直前でキャンセルされるのでは、という不安もあった。
数ヶ月後、無事に納品・設置した。しばらくして、お客の妻という人から電話が入った。
「ガレージ屋さん?」
「はい……」
なんの用事だろうか。少し緊張しながら話を伺った。
「休みの日も、ずっと家にいるの。会社からも、真っ直ぐ家に帰ってくるの」
なんのことかと思った。
「いつもニコニコしてるの。ケンカもしなくなったの」
旦那さんのことか。
「ガレージよかったです。ありがとう」
丁寧にお礼を言われて、電話が終わった。
旦那さん、毎日ガレージに入り浸っているんだな。だから、会社から真っ直ぐ帰ってくるし、休みの日もずっと家にいるんだ。なるほど……。
ガレージは、家族も幸せにするのか……。
ふと、自分の高校時代からミニバイクレースに打ち込んでいた時のことを思い返していた。自作のガレージの中で、誰にも邪魔されず、大好きなバイクと一緒に過ごした日々。あの場所は、俺の居場所だった。あのとき両親に「大人しくなった」「やさしくなった」と言われた理由が、今になってわかるような気がした。
ガレージは、所有者も周りの人たちも、楽しく、幸せにする。そう確信した。
バイクガレージでやっていきたい。このとき俺は、心のなかで強く思った。
2024年、バイクガレージ製造開始から20年以上が経った。
バイクガレージをメインにやっている。間違っていなかったという自負がある。
お客さんの要望にはできる限り答えたい。だから業界では不可能だと言われるようなことでも、できる方法を限界まで探って可能にしている。
だってそのお客さんは、どうしてもガレージが必要なのだから。
ガレージは、人を幸せにする。
ガレージは、人の考えや生き方を変えることもある。
これからも、バイクガレージでやっていく。
ガレージで、バイク乗りとその周りの人たちを幸せにしていく。
ガレージ、楽しいがそこにある。
ダイナオガレージファクトリー
バイク短編小説 Rider’s Story
人生を変えた一杯の珈琲
~北海道、テネレ700で始まる彼の第二章〜
作 武田宗徳
よく店にコーヒーを飲みに来ていた男の人が来なくなった。数週間後、一緒に来ていた同じ会社の男の人たちの会話から北海道に転勤になったとわかった。
その人と一度だけ話をしたことがある。私がバイクに乗っていると知って、自分の乗っているバイクの写真を見せながらオフロードバイクについて話をしてくれたのだった。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
札幌支社への転勤が決まり、俺は思い切って一年前から付き合っている彼女にプロポーズした。
「一緒に、札幌で暮らさないか」
すぐに返事はもらえなかった。地元大阪から離れて北海道で暮らすことに抵抗があるみたいだった。
やがて俺たちの間に、なんとなく気まずい雰囲気が漂い始めた。しばらく会わない日が続いた。大阪を離れる前の日に、彼女はひょっこり俺の前に姿を表し、そうして別れを告げていった。
ひとり札幌で暮らし始めてひと月が経った。だいぶ部屋も片付いたし、仕事も落ち着いてきた。先週に続いて今週末も、手持ち無沙汰の休日を迎えていた。
まだ肌寒い五月の札幌の街中を、先週と同じように自転車で流していた。視線の先にバイクショップが見えた。店の前まで来てショーウインドウ越しに中のオートバイを覗き見た。
オートバイは大阪を離れるときに手放してきた。ヤマハWR250Rというオフロードバイクで、地元の林道を走って楽しんでいた。
(ここで週末オートバイに乗る生活もいいな……)
店の奥から存在感を放っているオフロードバイクが見え、俺は引き寄せられるように店内に入っていった。
ーテネレ700ー
異様な迫力を感じる。何かの古い雑誌に載っていたパリダカールラリーの記事で、これの前身モデルの写真を見たことがあった。
「ビッグオフロードマシンだよ」
店の親父が近づきながらそう言った。
「アドベンチャーと呼ばれることもあるけど、それと区別してビッグオフロードと呼びたいね」
ビッグオフロードマシンか、いいな……。排気量が大きすぎやしないか……。車重も200キロを超えている。北海道のダートは緩やかな道が多いと聞くし、広大だから、このくらいの方が楽しめるかもしれない。だけど俺に扱い切れるだろうか……。
「あんた、前は何に乗ってた?」
「WR250R、です」
「そうか。こいつでオフロードを楽しみたいんだね。だったら若いうちがいい」
「……」
「あんたが一番若いのはいつかね」
そんな質問やめてくれよ。それは誰もがそう、いま現在だ。
本州は梅雨の時期だが、北海道は新緑の気持ちの良い季節が訪れていた。爽やかな風が吹き、青空が広がっていた。
俺はテネレ700に乗って道東へ向かっていた。日の出る前に札幌の自宅を出発した。午前中の早い時間に道の駅さらべつに到着した。たくさんのオートバイが集まっていた。今日はコーヒーブレイクミーティングが開催されているようだった。温かいコーヒーを頂いてから先を急ぐ。
道東、根室。日本の最東端、納沙布岬を目指していた。札幌から往復すれば慣らし運転が終わる計算だった。

ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
私は北海道のライダーハウスで住み込みのアルバイトをしていた。
お客様の居なくなる時間、つまりチェックアウトからチェックインまでの昼の数時間が、私の自由時間だった。借り手のつかなかったレンタルバイクの調子を見るという名目で、ヤマハセローを走らせていた。
私が雇われ店長として働いている大阪の喫茶店のオーナーから「ビルのリフォームをするから7月だけ喫茶店を休業したい。給料はちゃんと払う。こんなことあまりないから、この機会にゆっくり休んでよ」と言われた。
この7月、あの男の人のいる北海道へ行こうと考えた。生まれて初めての北海道だった。最初は休暇のつもりで来たのだけど、気づいたら期間限定で住み込みのアルバイトを始めていた。
セローに乗って摩周から根室に向かって走っていた。適当な場所で引き返すつもりだった。
前方から鈍い衝突音と道路の擦れる音が聞こえた。嫌な予感がした。
ゆるいコーナーを抜けると、大きなエゾシカが走り去っていくのが見えた。道路の端に大柄のライダーが横になっていた。その反対側の端に大きなオフロードバイクが倒れていた。あれはヤマハのバイク、テネレ700だ。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
気がついたら俺は、病院のベッドに横になっていた。
根室から折り返して走っている途中、突然現れたエゾシカと衝突した。大きな怪我はしていないし、バイクも修理して直るレベルだった。あとから救急隊員に聞いたところ、エゾシカもその場に居なかったというから、大したこともなかったのだろう。
ただ俺は、丸一日意識が戻らなかったようで、検査も兼ねて二日ほど入院した。自分では気づいていなかったが、慣れない生活で疲れていたのかもしれない。
救急車を呼んでくれた人に、どうしてもお礼を言いたかった。だけど名乗らなかったという。救急隊員の一人が、その人を見たことがある、と言った。摩周のライダーハウスでアルバイトをしている人じゃないか、という。
「今、また走りに行っちゃって」
摩周のライダーハウスを訪ねて来た俺に、オーナーの男性はそう答えた。
「どうしてもお礼が言いたくて。少し待たせてもらってもいいですか」
と俺がお願いすると、
「もちろん」
と、快く了解してくれた。
俺は、ライダーハウスのおもてのベンチに腰を下ろした。
午後の陽がやわらかく射していて、風は穏やかだった。静かな時間が流れていた。オーナーがカップを二つ持ってきて、一つを俺に手渡した。ありがたく頂戴して、ホットコーヒーを飲む。
「美味しい……」
思わず口に出てしまった。
「そう? 普通のコーヒーだよ」
オーナーはそう言ってゴクゴク飲んでいた。
こんなに美味しいコーヒーは久しぶりだった。俺の好きな味だ。飲み慣れた味なのだろうか、懐かしさも感じる。たぶん北海道に来てから初めての味だった。
「その子が淹れたコーヒーだよ、それ。大阪から来て7月だけアルバイトしてもらってる」
「へえ……」
「大阪の喫茶店で店長やってるって。……プロだからさ!」
ニコっとオーナーが笑って言った。
俺は両手でコーヒーの入ったカップを持ち、ときどきそれを口に持っていって少しだけ飲んだ。
大袈裟かもしれないが、軽い衝撃を受けたと言っても良いほど、美味しいと感じていた。
この美味しさの訳も知りたくなっていた。
あと一時間だろうか。それとも二時間になるだろうか。
彼女が戻って来るまで、俺はいつまでも持っているつもりだった。
おわり
本作品は、オーダーを頂いて、脚色して書き上げた架空の物語です。愛車テネレ700、舞台は北海道、という指定でした。さらに珈琲のエピソードを加えました。
あなたの物語をオリジナルのフィクション小説という形にいたします。完成した短編小説はホームページに掲載、その後フリーペーパーRider's Storyにも掲載し全国の協力店様に配布します。そして、いずれは小生の著書 Rider's Storyシリーズの一つの作品となり書籍化いたします。
5000円/400字。本作品のボリュームですと、2700字なので33,750円(税別)です。
オリジナル小説制作に興味のある方、お気軽にお問合せ、ご相談ください。各SNSのメッセージ、もしくはこちらよりよろしくお願いします。