
バイク短編小説 Rider's Story
あのコはモナカが好きだった 作 武田宗徳
四月に入って気温が急に上昇し、最高気温は平年よりも高い日が続いていた。月末の土曜日、箱根の最高気温は20℃を超えると聞いた。
僕は、バイクを走らせてアネスト岩田ターンパイク箱根のスカイラウンジに来ていた。一年に2、3回しか乗らない自分が、今月だけで2回目のバイクツーリングをしていた。今日はここで、クシタニコーヒーブレイクミーティングが開催される。
前回のツーリングというのが、四月上旬に岐阜県中津川市の道の駅加子母で開催されたZuttoRide x クシタニコーヒーブレイクミーティングだった。
名古屋の実家の母親に「電動アシスト自転車を買いたいから、あんたの置きっ放しのバイクいいかげん持っていってよ」と言われ、あの日は名古屋から一人暮らしをしている浜松までバイクに乗って帰る途中だった。前から気になっていたバイクミーティングイベントでもあり、寄り道したのだ。
わらしべ長者的お土産交換会
ここで「わらしべ長者的お土産交換会」という面白いことをやっているのを見つけて、しばらく眺めていた。
クシタニコーヒーブレイクミーティングは一年を通じて全国各地で開催される。前回三月開催の知多や浜名湖の会場でライダーたちが交換したお土産がそこに並んでいた。同じようにここでもお土産の交換がなされ、残ったお土産は次の会場、箱根で並ぶというのだ。
僕は、交換したいお土産を見つけてしまった。伊豆の銘菓「猪最中」だ。偶然にも母親から手渡されていた「ういろう」を持っていたので、それを「猪最中」に交換してもらった。
猪最中が特別好きかというと、そういうわけではなかった。
ただ「最中」に思い入れがあった。
あの娘は最中が好きだった
毎週のようにオートバイに乗っていた20代の最後の春、僕は、有給休暇を全部つかって長期の休みを無理やり取った。そうしてキャンプや安宿に泊まりながら、二週間ほど本州をバイクで駆け回った。
いろんなことが重なって何もかもが嫌になっていた。自暴自棄になっていたのかもしれない。仕事仲間に迷惑がかかることも、承知の上だった。会社を首になるかもしれないと覚悟していた。
その旅の中、同じようにバイクで旅をしている同じ年頃の面白い女性に出会った。あれは山中湖のゲストハウスだったか。彼女は、自分の手作りの焼き菓子を旅先で出会ったライダーに名刺代わりに配っていた。彼女のお菓子をもらった僕は、何かお返しできるものがないかと思い、昨日までいた伊豆天城で買っていた「猪最中」を一つ手渡したのだ。
彼女はお礼を言うと、すぐに袋を開けて食べた。そして「ばかうめえ」と笑って言った。見かけによらず豪快な人だなと思った。静岡の方言ですごく美味しいという意味だ。僕は「名古屋は、でらうみゃー、だよ」と余計なことを言った。
お互い名を名乗らずに、それぞれのツーリングへと旅立った。だが3日後の夕方、新潟のキャンプ地で再び彼女と出会うことができた。
そんな予感を無意識にしていたのか、僕は昨日、岐阜県で「栗最中」を購入していた。彼女に一つ手渡すと、本当に驚いた表情で「ばっかうめえ」と笑った。彼女は物心がついた頃から洋菓子しか食べなかったと言った。だから、和菓子の最中がこんなに美味しいものだとは知らなかった、と。「猪最中」と「栗最中」のどちらが、というのではなく「最中」そのものが彼女の好物だと判明したのだった。
この日の僕は、そんな明るい彼女に愚痴をこぼしてしまった。
「自分が良いと思ったことを、していけばいいんじゃない?」
彼女はあっさりと、そう言ってくれた。
結局、この日もお互い名前も知らないまま、それぞれのツーリング先へと旅立っていった。以降、会うことのないまま5年の月日が流れていた。
箱根で
そして今、僕はクシタニコーヒーブレイクミーティングの箱根の会場に来ている。実は、前回の加子母で交換した僕の「ういろう」が残っていたらどうしよう、などと余計な心配で気になってしまい、ここまで来たというのが、恥ずかしながら正直な理由だ。もし残っていたら、今日持参したお土産と交換していくつもりだった。
「ういろう、意外とうめえー」
向こうから女性の声が聞こえた。
「うみゃー、だね」
「名古屋か!」
女性たちが盛り上がっている。僕の「ういろう」を交換してくれたのかもしれない。
お土産交換会のブースを覗いてみる。名古屋の名物「ういろう」は見当たらない。よかった。
並んでいるお土産の中で、ひときわ目立っているお菓子を見つけた。綺麗にラッピングされた透明な瓶の中に何種類かのクッキーが入っている。ローカルのお菓子屋のものだろうか。貼られているシールにBWM Sweets と貼られている。目を凝らしてよく見てみる。BMWではない、BWMだ。面白いと思い、持ってきた「栗最中」と交換した。
「あ、BWM、無いじゃん!」
男性ライダーたちがお土産交換会のブース前で喋っている。
「なんだー、交換したかったなー」
「BM乗りなのにー」
そんな彼らが談笑している近くに、僕は居づらくなって会場の隅へ移動した。クシタニコーヒーを一口飲んで、クッキーを手に取った。形と色に見覚えがある。クッキーを口に入れた。食感と味を確かめた僕は、間違いないと確信した。
クッキーの詰め合わせの瓶に貼られたシールの下に、小さな文字で説明文が印刷されていた。その説明書きを読んで一人吹き出してしまった。
【ブランド名「BWM」の由来は、B(ばっか)W(う)M(めえ) スウィーツです】
彼女は、あのとき語っていた自分のブランドを持つという夢を実現させたみたいだ。
僕はといえば、あのあと会社を首にならなかった。あの長期休暇の後、会社の待遇が丁寧なものに変わった。長期休暇で気分転換ができた僕は、迷惑をかけた皆に申し訳ない気持ちもあって、それを挽回するつもりで働き始めた。取引先の信頼も回復し、会社の評価も徐々に上がり、昨年、役職がついた。
「自分が良いと思ったことを、していけばいいんじゃない?」
あのときの言葉が忘れられなかった。なんの気なしに言った言葉だったのかもしれない。だけど自分の中に響いて、あの日からずっと鳴り止まなかった。迷ったり悩んだりした時は、この言葉を思い返した。自分の心に問いかけ、静かに考えた。あの言葉を、自分の行動や判断の指針にしていた。
クッキーを食べ終わると、もう一度お土産交換会の会場近くまで行ってみた。BWM Sweets がまた並んでいた。そして「栗最中」が無くなっている。
「ばっかうめえ!」
聞き覚えのある女性の笑い声が聞こえてきた。
「最中好きなのー!?」
笑い合って賑やかなのは、さっきの女性たちだ。
遠くから見ていた。元気そうだった。
たぶん、お互いに同じ会場にいることはわかっていた。
会う方がいいのか、会わない方がいいのか……
そっと目を瞑った。
僕は、静かに心の声に耳を傾けていた。
おわり
バイク小説とクシタニコーヒーブレイクミーティング番外編
わらしべ長者的お土産交換会 ショートストーリー
この物語は実在のイベントを舞台にしていますが、架空の物語です。
「わらしべ長者的お土産交換会」は、クシタニコーヒーブレイクミーティング内で開催される、バイクtabi研究家「コトケン」さんによるオリジナルコンテンツでごす。
本作品は、コトケンさんと、クシタニコーヒーブレイクミーティング運営様の許可を得て、発表・公開しています。
